今日の伊藤さん

昔の日記を書き起こすつもりでしたが。普段の事を書きますなるべく。

深層心理堀切菖蒲

皆さんこんにちは

伊藤です

 

一昨日のブログが久しで挨拶忘れて、

皆さんおはようございます。

ってなってましたね。

 

おはようかどうかなんて見る人によるのに。

 

なんてまぁブー垂れた所で特に何もありません、

東京ではコロナの患者がドンドコ増えて行っている様ですが、私は昨日も今日も明日も電車に揺られて出勤しております。

勿論帰りも。

 

最初の頃はそれこそブログを書く楽しみがあったんですけど、

今ちょっとYouTube見出したら、もうYouTubeですね。

延々見れる。

延々見てられる。

 

アウトプットする事のないインプットを延々と続けられる。

いつか爆発しそうかも。

 

なんて訳のわからん事を今日も書き殴っております、2021年。

 

最近気になり始めたのは、行間の間と言うか、文字を書く事により進む文章のスピード感と読む時のスピード感との違い。

 

例えば

 

って何か例に出そうと思ったんですけど、特に無いね、特に無いけど毎回ブログを読み返して、

「ああ、ここはもうちょっと引っ張って書いた方が私の心情が伝わるなぁ」

と思うことが多々あります。

 

そのズレですよね。

まぁ当たり前ですよ、私はこのブログをおよそ30〜40分掛けて書いている。

電車に揺られていて、乗り換えしたり、外の景色を見たり、みっちりと言うわけではないが、大体30〜40分掛けて書く。

 

しかし読むのは数分だ。

数分も掛かるか?

下手したら1分掛からない文章量の時もあるんじゃないかな?

 

そうなるとやはり、自分が書いているスピード感と読むスピード感が違う訳ですよね、

なんていうか、書いていて思うのは、もっと早く、もっと早くだ。

早くしたいから、文章をあまり引っ張り過ぎると間延びしてしまい読んでて飽きるかな?

と思うので、引っ張りたい展開でも割とサクッと終わらせる。

 

どうしても引っ張りたい時は引っ張るけど、それでもそれなりなだ。

 

でもそれを自分で読んでみると

「えっ?早っ!」ってなる。

 

これは書いている私だから実感する事で、

読んでいる人には伝わらないと思う。

私の文章を読んでいる人にとっては、私が書いた文章が私の文章なのだ。

スピード感もへったくれもなく、

私が書き上げたものが全てなのだ。

 

しかし私が自分の文章を読むととても違和感がある。

 

早過ぎるのだ、

展開というか、

文字のスピード感というか、

文章の構成?

なんなんこれ?

なんかよく分からんけど、

早過ぎる。

 

確かにこれは仕方のない事だけど、頭に思い浮かんだ文章を文字にするにはとても手間が掛かる。

手間が掛かるというのは「面倒臭い」というのではなく、いや、面倒臭いという気持ちもあるけど、

何というか、脳で思い浮かんだ事を、手を動かして文字にする。

その手間の間に頭の中には新しい文字が思い浮かんでおり、

間に合わないのだ、

文字を書いて文章にしていると。

とても間に合わない。

 

なので文章を書く時はいつも焦っている、次々頭に思い浮かぶ事を正確に文字にして、文章として作るのに、とても焦るのだ。

 

とても焦っているので、

文章を作り上げるのでいっぱいいっぱいだ、

恐らく頭に思い浮かんだ事を全て文字には出来ていないと思う。

手が追い付かない。

 

毎日毎日不完全燃焼だ。

 

だから多分、それを読み返してみると、なんかしっくりこない。

特にスピード感が、

相変わらず上手く言えないけど、それは別に

俺が急いで書いてるから、急いで書いているのを汲み取って読んでよ。

不完全なんだよ。

とかじゃなくて、

ほぼただ単純にスピード感だ。

 

そしてほぼ毎回自分のブログを読み返して思うのは、

30〜40分で書いて、読むのは数分だな。

なんか勿体無いな。

という謎の気持ちだ。

 

今日のブログも読み返してみよう。

恐らく僕はモヤモヤするだろう。

 

あれ?

あんなに色々頭に文字が浮かんでたのに、この文章量?

って。

 

それでは皆さん、良い一日うぉー!